大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)2346号 決定

債権者

長谷川正幸

右代理人弁護士

小林保夫

債務者

中央交通株式会社

右代表者代表取締役

大野準一

右代理人弁護士

上坂明

岸上英二

位田浩

主文

一  債務者は、債権者に対し、債権者を従業員として仮に取り扱い、金三四三万五九〇〇円及び平成五年三月二八日以降本案の第一審判決言渡しまで毎月二八日限り一か月金三四万三五九〇円の割合による金員を仮に支払え。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一債権者の申立て

一  債務者は、債権者を従業員として取扱い、平成四年五月二八日以降毎月二七日限り三四万三五九〇円あて支払え。

二  申立費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債権者は、昭和五八年二月、観光バス運転手として債務者に雇用され、平成四年五月当時、賃金として毎月二七日限り月額三四万三五九〇円の支払いを受けていた。

2  債務者は、観光バス五六台、運転手六二名及びバスガイド三九名を含む従業員一七八名を使用して、観光バス等の運送事業を営む会社である。

3  債務者は、平成四年五月二七日、債務者より次の(一)ないし(三)の事実が就業規則七三条一〇号に該当するとの理由で、懲戒解雇する旨の意思表示を受けた。

(一) 平成四年五月一三日午前八時四五分ころ、皆生温泉東光園玄関前駐車場で、債権者が観光バス(なにわ二二あ一〇五一号、以下「本件バス」という。)を玄関脇駐車場から玄関前に移動する際、前を歩いていた債務者所属のバイガイド野本華代(以下「野本」という。)を確認せず、車を運転したために、バスの左前輪で同女の右足指を踏みつぶし、全治六か月以上の重傷を負わせた。(以下「第一事実」という。)

(二) 平成元年九月、養護学校生徒を運送勤務中、乗客生徒を乗せたまま車両を路上に停車させ、本人は車を降りて割り込み乗用車に対して暴力行為を働き、警察の捜査を受け、学校長より債務者に対して口頭の注意があった。(以下「第二事実」という。)

(三) 昭和六二年三月二三日、メルシーツアー白馬号運転の帰路、同乗の木下幸一運転手とはかり、運行管理者に無断でコースを信州路より北陸路に変更し、乗客より高速料金を徴収し、余った金を着服、帰社後も報告しなかった。(以下「第三事実」という。)

4  債務者の従業員就業規則(〈証拠略〉)には、三四条一項において、従業員が解職(解雇)される場合に関して、心身障害のため会社業務に堪えられないとき(一号)、打切補償又は障害補償を受けた者で、疾病又は障害のため会社業務に堪えられないとき(二号)、成績不良で成業の見込みがないとき(三号)、会社の組織変更又は一部事業の休廃止により過剰員を生じ、会社業務上やむを得ないとき(四号)及び懲戒解職又は諭旨解職に該当するとき(五号)と定めている。そして、七三条において、懲戒解職・諭旨解職の事由として、職務上の正当なる指示命令に服せず又はこれに反抗し若しくは暴行したる者(一号)、会社に損害を与える目的を以て行動したる者(二号)、会社の所有物を窃取又は横領したる者(三号)、履歴書の重要事項を詐り其の他不正の方法を用いて雇い入れられた者(四号)、飲酒居眠りをして事故を惹起したる者(五号)、第七四条(停職又は減給等)の適用を数度に亘り受けた者(六号)、正当な理由なくして無断欠勤三〇日に及んだ者(七号)、会社の幹部及び同僚其の他の従業員に対して暴行脅迫を加え又は其の業務を妨害した者(八号)、会社の承認を受けずに在籍の儘他に雇い入れられたる者(九号)及び其の他前各号に準ずる行為のあった者(一〇号)と定めている。

二  争点

1(一)  第二事実及び第三事実についてこれを懲戒処分の対象とすることは二重処分として許されないかどうか。

債権者は、債権者が既に第二事実に対しては減給一〇パーセント六か月、第三事実に対しては担当車両剥奪というそれぞれ相応の処分を受けており、これを重ねて懲戒処分の対象とすることは、二重処分に当たり許されず、せいぜい第一事実に対する懲戒処分の事情として考慮されるに過ぎないと主張する。これに対して、債務者は、第二事実については懲戒解雇処分が相当であったが、所属労働組合の委員長が陳謝し寛大な処分を願い出たことと債権者自身も反省の意を表明したので一等減じて減給処分にしたものであり、また第三事実についても第二事実に劣らないほどの犯罪的な行為であったが初めてのことでもあり、また債権者の単独行為でなかったので、穏便な「担当車剥奪処分」という措置をとったものであって、いずれも相当な処分ではないから、二重処分に当たらないと反論する。

(二)  債権者の第一事実が従業員の懲戒解雇について規定する就業規則七三条一〇号に該当するかどうか。また、第一事実に第二、第三事実を合わせると同条同号に該当するかどうか。

債務者は、次のとおり主張する。第一事実は就業規則七三条五号の「飲酒居眠りをして事故を惹起したる者」に「準ずる行為のあった者」に、第二事実が同条一号にいう「暴行したる者」及び同条一〇号に該当し、第三事実が同条一号の「職務上の正当なる指示命令に服」しない者、三号の「会社の所有物を横領したる者」及び七五条(譴責・訓戒事由)一六号の「就業時間中忠実に職務に従事しない者」にそれぞれ該当するところ、債権者の第二事実が懲戒解雇相当の事案であったが、情状により「一等減じ」られて減給処分にされ、第三事実については懲戒処分ではなかったものの実質的には減給処分に相当する担当車剥奪処分を受けている。第三事実に基づく実質的減給処分の適用と第二事実に基づく減給処分の適用に第一事実を合わせ考慮すれば、債権者は七三条六号の「第七四条の適用を数度に亘り受けた者」に「準ずる行為」のあった者としても七三条一〇号にも該当する。これに対して、債権者は、債務者主張の第一ないし第三事実について、債務者主張の就業規則の各条項の該当性を争う。

(三)  仮に、債権者において懲戒解雇事由があるとしても、本件懲戒解雇は債務者の懲戒権の濫用に当たり無効であるかどうか。

債権者は、仮に第一事実が就業規則の懲戒解雇事由に形式的に該当するとしても、事故に至る経過に照らすと債権者に酌むべき十分な事情があり、債権者のみを一方的に責めるのは酷に過ぎ、懲戒権の濫用であると主張するのに対して、債務者はこれを争う。

(四)  本件懲戒解雇手続が債務者の賞罰手続規定に違反して無効であるかどうか。

債権者は、債務者には賞罰委員会規則が制定されており、従業員に懲戒を行うについては、この規則に定める手続を履践することを要件としているにもかかわらず、債務者がこれに違反し〈1〉適法に選出された賞罰委員による委員会を構成せず、〈2〉出席が許されない処分者である社長が出席し、〈3〉事故防止委員会の決定に従わないで、債権者を懲戒解雇したものであり、この処分は手続に違反し無効であると主張する。これに対し、債務者は、債権者主張の手続的瑕疵のうち〈1〉〈2〉は些細な瑕疵に過ぎず、〈3〉は手続的瑕疵ではないから、本件懲戒解雇は有効であると反論する。

2  債権者に対する解雇が懲戒解雇としては無効であるとしても、普通解雇として有効であるかどうか。

債務者は、懲戒解雇に当たるとして挙示した債権者の第一ないし第三事実が普通解雇について規定した就業規則三四条五号または三号に該当するものとして、これを理由に予備的に通常解雇することができると主張する。これに対して、債権者は、債務者の普通解雇の意思表示が存在しないこと、懲戒解雇の普通解雇への転換は許容されないこと及び債権者には就業規則に定める普通解雇事由が存在しないとして、普通解雇としても無効であると反論する。

第二当裁判所の判断

一  二重処分の可否について

債権者は、債務者が自認するとおり、第三事実について担当車剥奪という実質的には減給を生じさせる処分を受けていること、第二事実についてこれが懲戒解雇事由に該当するのか、それ以下の停職、減給処分に該当するのかの点はおくとしても、これに対して六か月間の減給一〇パーセントという重大な不利益処分を受けていることは明らかである。債務者において、第一事実だけでは懲戒解雇事由として不十分であるとして、これを補強する趣旨で第二事実と第三事実を処分に当たり考慮しているとするならば、同一事由に基づいて再度別の処分をするものであるから二重処分として許されないといわなければならない。ところで、本件就業規則七三条六号のように、過去の懲戒処分の対象となった事実そのものではなく、これらの事実により一定の懲戒処分を受けたことが、後の別の事実に対する処分の加重事由となる旨就業規則で定めている場合には、その過去に懲戒処分されたという事実そのものを、後の懲戒処分に当たり考慮することは何ら二重処分に当たらず、許されるものというべきである。本件において、債務者が就業規則七三条六号及び一〇号を適用できるかどうかの判断をするにあたって、債権者が第二、第三事実について前記の各処分を受けたことを考慮することは、当然に許されるものといわなければならない。

二  懲戒解雇の有効性について

(一)  本件懲戒解雇規定の解釈

企業は、その秩序を維持確保し、企業の円滑な運営を可能にするため、従業員に一定の秩序違反行為(以下「非違行為」という。)があった場合に、当該従業員にその行為に応じた制裁を課する権能を有するものであるところ、従業員を企業から追放し、その生計の途を失わせる重大な不利益処分である懲戒解雇が許されるのは、当該従業員を企業から放逐しなければその企業の維持存続に重大な影響を及ぼすような就業規則に定める相当の事由があることを要し、また、その就業規則の懲戒条項を解釈するにあたっては、懲戒処分の趣旨及びその重大性に鑑み、これを厳格に解釈しなければならず、安易に類推適用することは許されないというべきである。そこで検討するに、懲戒解雇について規定する債務者の就業規則七三条は、前記のとおり、その一号から九号まで具体的な事由を列挙したうえ、一〇号において「その他前各号に準ずる行為のあった者」と規定しているが、右一から九の各号は懲戒解雇事由を制限的に列挙したものであり、ただ懲戒解雇が相当とされるあらゆる非違行為を列挙することが困難であるために、一〇号のような規定を置いているものと解せられ、一〇号に該当する行為態様としては、一ないし九号の各号に匹敵する重大な非違行為でなければならないというべきである。そして同条の各号を見るに、一から九の各号のうち、一ないし四号、七ないし九号は、いずれも企業秩序維持の見地からして軽視できない、企業に重大な悪影響を及ぼすべき故意による非違行為であること、五号は事故そのものは過失によるものであるが、飲酒、居眠りという重大な過失がある場合であること(飲酒運転それ自体は故意行為である。)が明らかである。六号については、一見「非違行為」そのものではないような規定の仕方をしているが、これも当該処分対象者において、過去に就業規則七四条に定める事由があり、これによって停職・減給以下の処分を二回以上受けていながら、新たに七四条に該当する非違行為があった場合をいうと解すべきものである(したがって、七三条六号は七四条の加重規定と解される。)。本件において、債務者は、第一事実について、これが五号の「飲酒居眠りをして事故を惹起した」ことに「準ずる行為」があった場合であるとし、また第二、第三事実を合わせると六号の「第七四条の適用を数度に亘り受けた者」に「準ずる」者であると主張する。五号が前記のとおり重大な過失によって交通事故を惹起した者に制裁を課する趣旨の規定であることからすると、同号に準ずる行為として一〇号が適用されるためには、飲酒・居眠り運転に匹敵するような重大な過失により交通事故を惹起した場合でなければならない。また、六号に準ずる行為(者)とは、七四条の各号に該当するような非違行為を起こした者において、過去に二回以上、七四条の各号に定める事由があったが、情状により処分が一部免除され、あるいは譴責等の軽度の処分で終わったものであると解するのが相当である。

(二)  第一事実について

本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

債権者は、平成四年五月一二日、野本がバスガイドとして乗車する本件バスの運転手として勤務に就き、同日午前九時ころ、乗客約二五名を乗せて大阪市内を出発し、中国縦貫道路を通り、落合インターチェンジで下り神庭の滝を経由して、午後三時三〇分ころ鳥取県米子市皆生温泉の東光園(ホテル)に到着した。債権者は、玄関前で乗客を降ろした後、本件バスを同園の駐車場の玄関から一番遠い側(西側)に、その前部を出発し易い方向(南)に向けて駐車させた。翌一三日朝、債権者は野本と朝食をとった後、魔法瓶(ポット)を債権者は三本、野本は一本それぞれ持って同ホテルの玄関を出て、三〇メートル程前方(西側)の前記場所に駐車させていた本件バスの車内に入り、それぞれ車内のカウンターにポットを置いた。その後、債権者は車内に残ったが、野本は再びホテルに引き返し、前夜フロントに預けていたクーラーボックス(アイスボックス)一個を受け取り、これを持って同ホテルの玄関から再び出てバスの所に戻った。野本は、本件バスの前部のドアが開いていたので、クーラーボックスを持って車内に上がろうとしたところ、債権者が正面玄関にバスを着けてバックするから見てくれと指示したので、バスのステップにクーラーボックスを置き、本件バスの誘導をしようとしてバスに背を向けて玄関の方向に歩き出した。債権者は、バスの進行方向に向かって右側にポールがあり、左側には約二メートルの間隔をおいて他社のバスが止まっていたので、これらとの接触を避けるため、いったんバスを前進させてから玄関方向に向けて左にハンドルを切った。そのため野本が死角に入り、同人の動静がわからない状態となった。しかし、債権者は、自車の進行方向左側の安全を確認しないまま、時速約五キロメートルの速度でそのままバスを進行させたため、午前八時四五分ころ、歩行中の野本の右足を自車の左前輪で轢いてしまい、加療約六か月間を要する右足趾挫滅創、右第二趾切断、右第三趾中足骨骨折の傷害を負わせてしまった。債権者が、野本の動静の注視を怠ったのは、被害者である野本が一般の乗客ではなく、バスガイドであって自動車の危険性を熟知しているうえ、玄関前で本件バスをバックさせるために誘導するよう指示したところ、これを了解してバスから離れて行ったので、野本が本件バスの動静に十分注意しながら歩いて行ってくれるものと軽信したためであった。

右認定の事実からすると、債権者において自車左側の安全を確認しないまま本件バスを発進させ、左にハンドルを切って左折進行した過失があったことは明らかであり、野本の負傷に対する過失責任は免れることはできない。しかし、野本は債権者の同僚のバスガイドであり、乗客とは違って運転手である債権者に協力して、常に本件バスの動静に注意し、バスの乗客等周囲を通行する通行人の安全を守るべき職務上の義務を負う立場にある者であり、しかも本件事故直前に債権者から本件バスを玄関前につけるといわれていたのであるから、債権者が本件バスを少し前に出してから左折進行することを十分に予測できたのにもかかわらず、バスの動静に注意することなく、バスに背を向けるような格好でその進路を歩行していたものであるから、野本においても自己が負傷したことについて過失があったというべきである。右事故の態様、被害者の立場及び被害者の過失等の事情を勘案すると、債権者の過失の程度は、飲酒・居眠り運転による事故の場合に匹敵するほどに重大なものということはできない。そうすると、債権者が右の過失による交通事故を惹起させたことをもって、就業規則七三条五号に準ずる行為があったものとは到底認めることができない。

(三)  第二、第三事実について

本件疎明資料に審尋の全趣旨を総合すると、以下の事実が一応認められる。

(1) 大阪府が債務者に府立寝屋川養護学校の生徒(六歳から一八歳までの身体障害者三五名)の大型バスによる運送の委託をし、債務者において大型バスを運行させて、同養護学校生徒の運送業務を行っていた。債権者は、平成元年九月六日、大型バスの運転手として右養護学校生徒の運送業務に従事していたところ、大阪府枚方市御殿山ほかで生徒約二〇名を乗せて進行中、後方から来た伊藤久裕運転の乗用車が債権者運転のバスの前に切り込み急ブレーキをかけ停止したため、債権者運転のバスも急ブレーキを余儀なくされその衝撃で車内のポット等が転がった。債権者は、乗客の生徒らには異常がないと見えたのでバスを発車させた。しかし、伊藤が再び急ブレーキをかけてバスの前で乗用車を停止させたりしたことから債権者において立腹し、同日午前八時五〇分ころ、大阪府交野市青山二丁目一番喫茶グリーン前路上において、運転中のバスを停車させて養護学校生徒らを乗せたままバスから降り、伊藤に対し「降りてこんかい」等と大声を上げながら伊藤車の右側前部運転席のドアの所に行き、運転席に座っていた伊藤の胸倉をつかみ、数回「降りてこんか」と引っ張り、さらに伊藤車のエンジンキーを抜こうと引っ張った。しかし、伊藤は降りてこず乗用車を発進させたため、債権者はバスを運転して数百メートル伊藤車を追走し、伊藤が信号のため停車したところ、債権者は、バスの運転席の窓から、煙草の吸殻等を捨て入れたコーヒーの飲み残しの入った紙コップを伊藤の車の中に投げ込み、同車内と同人の着衣を汚してしまった。伊藤は債権者から受けた右被害を寝屋川警察署に申告したため、この事実が債務者に発覚し、債務者において伊藤に陳謝して刑事事件とならないように取りはからい、ことなきを得た。この事実に対し、債務者はこれが就業規則七三条一号、一〇号に該当すると判定するが反省の情が厚いものと認められるとし、一等処分を減じるとして前記のとおり六か月間の一〇パーセント減給処分とした。

(2) 債権者は、長野県白馬方面へのスキーツアーにチーフドライバー木下幸一の補助運転手(サブドライバー)として、木下と交代でバスの運転業務に従事していたが、その帰途、一部の乗客の要請があったことから、コース変更について債務者の運行管理者に連絡することなく、木下のいうままに所定の経路である中央自動車道から北陸自動車道に経路を変更することに同意し、木下の指図で債権者が乗客から高速道路料金を徴収し、これを木下に交付した。木下は高速道路料金の残り四〇〇円を乗客にも会社にも渡さず、チップとして取得してしまった。債務者は、木下と債権者の右行為が就業規則七三条一号、七五条一六号に該当するとして、前記のとおり担当車を外すとともに「警告する」旨の処分をした。

右認定事実を前提にして判断する。(2)の事実(第二事実)について、債務者は、これが就業規則七三条一号に準ずる行為であると主張する。しかし、同号が予定する非違行為は、使用者の職務命令に違反する行為態様としての暴行であり、これに準ずるというためには、その行為の対象が使用者である債務者に向けられたものでなければならないところ、右認定のとおり債権者の暴行は伊藤に向けられたものであって、一〇号の適用の前提を欠くものであることは勿論、七四条の各号に定める停職・減給等の事由に該当するものということもできない。(1)の事実は、就業規則七五条の譴責・訓戒事由である「就業上の心得に違反した者」(七号)か、あるいは「乗客に対して言語動作の粗暴なる者」(一〇号)に準ずる行為のあった者(一九号)に該当するというほかない。また(3)の事実(第三事実)についても、債務者は、これが七三条一号の「職務上の正当なる指示命令に服せず、又はこれに反抗し若しくは暴行したる者」及び三号の「会社の所有物を窃取又は横領したる者」に該当すると主張する。しかし、同条一号は債務者の個別・具体的な職務命令に対する積極的違反行為を処罰する趣旨の規定であり、第三事実の行為時において、債務者から債権者らに対して個別・具体的な職務命令が出されておらずその前提を欠くこと、また、乗客から徴収した高速道路料金の残余金は本来は乗客らに返還すべきものであり、債務者に帰属するものではないから、これが会社の所有物ということはいえないこと及び債権者自身は着服には全く関与していないことからして、いずれもこれらの規定に該当するとはいえないし、また、これらに準ずる行為があったともいうことができない。右(3)の事実は、せいぜい七五条一六号の「就業時間中忠実に職務に従事しない者」に該当するものとみるほかない。そうだとすると、第二、第三事実がいずれも就業規則七四条に規定する停職・減給の事由にあたらない以上、就業規則七三条六号に該当するものとはいえず、また、同号に準ずるものとされる前記の例外的場合にも該当しないことが明らかである。

(四)  まとめ

以上(二)、(三)で説示したところからすると、債権者の第一ないし第三の事実は、就業規則七三条一〇号に該当しないことが明らかであり、他に本件懲戒解雇を相当とする事由があることの疎明はない。そうだとすると、債務者のした本件懲戒解雇の意思表示は、懲戒権の濫用の有無及び賞罰手続の違反の有無について判断するまでもなく、この点において無効であるといわなければならない。

三  普通解雇の有効性について

本件疎明資料と審尋の全趣旨によると、債務者は、本件仮処分申立事件が係属中の平成四年八月二五日に、同日付け書面で本件第一ないし第三事実をもって、予備的に就業規則三四条五号もしくは三号に該当するとして普通解雇に処すること、この場合に同年六月一日に債権者の銀行口座に債務者が振り込んだ四二万六〇九〇円をもって解雇予告手当てに充当する旨の意思表示をし、この意思表示が同月二六日債権者に到達したことが一応認められる。そこで判断するに、第一ないし第三事実が就業規則に定める懲戒解雇・諭旨解雇事由に該当しないことは前記認定のとおりであり、本件において三四条五号に該当する事由がないことが明らかであるから、同条項を根拠として普通解雇することは許されないといわなければならない。また、本件疎明資料によると、債権者は観光バスの運転手として一〇年近くにわたり債務者に勤務し、その間の昭和六一年に大阪府公安委員会から優良旅客運転者表彰を、平成三年には上級運転者表彰をそれぞれ受けており、本件の第一事実の業務上過失傷害事件が初めての人身事故であること、債務者に就職して以来、第二、第三の事実により前記の各処分を受けてはいるものの、第一事実を含めその事件に共通性は認められないこと、債務者における過去の従業員の懲戒処分例をみても、債権者の同様な事案により通常解雇された者はいないこと及び債務者の在籍従業員の中には過去に三回の懲戒処分を受けた者があることの事実が一応認められる。これらの事実からすると、本件第一ないし第三事実をもって、債権者が同条三号にいう成績不良で成業の見込みがないものと断定することは到底できない。したがって第一ないし第三事実を理由とする普通解雇も許されないといわざるを得ない。よって、債務者のした予備的普通解雇の意思表示も無効である。

四  保全の必要性について

1  債権者は、債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める(従業員として仮に取り扱う。)ことを求めるところ、債務者はこの地位を争っている。本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者がこのまま本案判決の確定を待つのでは、それまで債務者から賃金の支給その他従業員として当然受けるべき待遇を一切受けられず、債権者が債務者から得る賃金等で支えてきた後記認定の生活も維持できなくなるなど、右申立て部分につき仮処分の必要があることが一応認められる。

2  債権者は、右債務者に対する雇用契約上の権利を有する地位に基づき賃金の仮払いを求めているが、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者は、妻と二女の四人家族で肩書住所地に府営住宅を賃借(家賃月額一万四〇〇〇円)して同居し、家族四人の生計は債権者の収入によってまかなわれていること、妻は四八歳で狭心症のため自宅療養中であり、その治療費が一か月九万ないし一二万円かかること、長女は大阪樟蔭女子大学に、次女も関西女子医療技術専門学校にそれぞれ在学中であり、学費として毎月約九万円が必要であることが一応認められる。右認定の事実からすると、債権者は債務者から支給される賃金により自己と家族の生計を支えており、債権者がその賃金の支給を停止されることにより、自己及び扶養家族の生活に重大かつ深刻な危険を生じさせていることが明らかである。これらの事情を考慮すれば、債権者らが本件懲戒解雇された日の翌日である平成四年五月二八日から平成五年三月二七日までの一か月三四万三五九〇円の割合による平均賃金合計三四三万五九〇〇円、及び平成五年三月二八日から本案の第一審判決の言渡しまでの限度で、毎月二八日限り一か月三四万三五九〇円の割合による賃金の仮払いを債権者に受けさせる必要があるというべきである。

五  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分命令申立ては主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者らに担保を立てさせないで、主文掲記の限度でこれを認容し、その余を失当として却下することとする。

(裁判官 宮城雅之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例